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2020.09.28
シンガポール雑誌SingaLife インタビュー記事 – プロ直伝 –

シンガポール雑誌SingaLife インタビュー記事 – プロ直伝 –

シンガポール在住日本人向け雑誌 SingaLifeさんに取材いただき、3回に渡ってご紹介いただきました。(2019年4月4日・11日・18日 全3回分) 今日はその記事をシェアします。(インタビュー 秦野理恵さん)

【三重県産パールを世界に 若き社長の奮闘】Vol 1

あなたはパールを身に付ける習慣があるだろうか?

女性にとってパールは「憧れの宝飾品」の一つとも言えるが、価値観が多様化している現代は、数年前とは事情が異なり、一部の企業を除きパールの販売に苦戦している企業が多いという現実もある。

駐在員から一転、経営者に

麻衣子さんが来星したのは2005年。NECに勤務し駐在員として出向したのがきっかけだ。駐在中、当地で現在の夫と出会い、結婚。仕事は忙しいが、とてもやりがいがあったという。

「学生時代からバックパッカーで、ユーラシア大陸を何度も横断するなど大の旅好きで、就職後は途上国で働くのが夢でした。しかし、当時は女性の海外駐在の事例はまだ多くなく、帰国子女でもなかった私が、若くしていただいた海外で現場経験を詰める機会だったので、相当興奮して来星しました」

 出産後に産休を取り、採用を切り替えて現地採用として復職。しかし、その後予想外のきっかけがあり、起業する運命となる。真珠養殖発祥の地‐三重県の伊勢志摩で、真珠商品の製造販売を営む家業が経営危機に陥ってしまったのだ。

三重県産の真珠と言えば、憧れの品で、冠婚葬祭用には必ず購入すると言ってよいほど人気が高かったが、最近では若い人を中心に真珠を求める人が減り、売り上げも、次第に、しかし明らかに落ちこんでいった。

「私は妹と二人姉妹で、両親の苦労を傍で見て育ってきたので、私も妹も絶対に家業は継ぎたくないと思って育ってきました。妹は医者に、私は海外で働き、お恥ずかしながらこれまで家業の存続など全く深く考えてきませんでした。しかし、両親も年を取り、これまで「家業を継ぐのか」などと、一言も聞いてこなかった両親が、突然「継ぐ気がないのなら売却も考えようかと思う」と言ってきたのです。」

「その言葉を聞いて初めて、「家業」と言うものを実感しました。そして、私が大学まで卒業できたのも、父の会社と、そこで働いてくれているスタッフがいたからこそだったと思い、漸く家業を継ぐ決心がつきました。この会社があったたらこそ今の私がいる。私の一存で、家業をつぶすわけにはいかない…」

一念発起して、経営者としての道を歩むことを決めた麻衣子さん。しかし、その道のりは険しいものだった。

【三重県産パールを世界に 若き社長の奮闘】Vol 2

女性にとって「憧れの宝飾品」の一つとも言えるパールだが、価値観が多様化している現代は数年前とは事情が異なり、パール販売に苦戦している企業が多いという実情もある。

プレッシャーとの戦い

駐在員から一転。父の会社を継ぐために経営者としての道を歩むことを決めた麻衣子さん。麻衣子さんの実家では、地元で養殖したパールを加工してジュエリーに制作し、販売まで行っている。社員数は、リストラでは減らし、約15人。彼らの人生も背負って立つことになった当時(3年前)、プレッシャーもさることながら、これまでの環境の違いに戸惑ったという。

「駐在員時代は、大企業だからこそできたことが沢山あったと思います。沢山のメンバーと共に働き、ブランドも資金力もある。今は、何でも自分でやらなきゃいけないし、資金的な余裕も認知度もない。」

現在は、自社店舗やネット販売を通してパールを販売しているが、“とにかく真珠の価値や見分け方について、知ってもらうことが一番“なので、主にイベントなども活用して、認知度強化を図っている。

「去年、伊勢志摩パールジュエリーグランプリというイベントを立ち上げました。ジュエリーを学ぶ国内外の学生さんや、趣味でジュエリーを制作している方、彫金職人の方などから作品を応募し、伊勢志摩のギャラリーに展示して、観光に来られる方など、広く多くの方に見て投票いただき、優秀作品を決めるというものです。去年の応募総数は9カ国、152点。約5000名の方に投票いただきました。

今年も継続して開催予定で、オンライン投票も予定しています。より多くの方に真珠を身近に感じていただきたいです。」

まだまだ手探りで模索中の日々だが、少しづつ手ごたえややりがいも感じ始めているという。 

【三重県産パールを世界に 若き社長の奮闘】Vol 3

会社員の頃は組織で動くのが常であったが、今は全てが自分の裁量。責任が重い反面、決断したらすぐに実行でき、やりがいも大きいという。

「最初はシンガポールで会社を登記することも、商品を輸入することも、オフィスを借りること一つをとってもどうしたら良いのか分からなくて(笑)。大企業で環境的に恵まれていただけに落差が激しく、最初は戸惑っていましたが、もうやる以外にない、進むしかないと開き直って取り組みました。全て自分でやるのは大変だけど、どうにか最近、やっとやりがいも感じれるようになりました。

真珠は、ダイヤモンドとは違い、自然と人々の想いによって育まれるものなので、価値基準が曖昧なんです。だからこそ、何が真珠の魅力なのか、どういう価値があるのか、どうやって見分けるのか、説明を徹底するように心がけています。そしたら、「ジェリー会社は沢山あるけど、貴女から買いたい」と、お客様に言っていただけたり、ジュエリー学校やセミナーなどで「真珠について講義をして欲しい」などのお誘いを受けるようになりました。」

しかし、楽な道ではない。冒頭でも述べたようにパールの価値観そのものが一昔前とは変わってきているためだ。“冠婚葬祭の時は必ずパールを付ける”という時代もあったが、今はパールが全てという時代でもない。これまでは伊勢志摩産のパールというだけで価値があり、ある意味場所の知名度だけで売れた時代もあったが、今は違う。

「若い世代には、伊勢志摩が真珠養殖発祥の地であることも知られていないし、「伊勢神宮にお参りして、真珠を購入して帰る」そんな文化が、これから何十年も続いていくとは思えないんです。顧客様には、娘さんに、お孫さんにと定期的に購入いただくことも多々ありますが、それだけでは事業は存続できない。一方、伊勢志摩で人を雇うにも、地方は人材も不足している。生き残りをかけて、本気で販路拡大に取り組んでいかなかればいけないと考えています。」

そのための一環として、Vol2でお伝えしたような“伊勢志摩パールジュエリーグランプリ”を実施したり、ジュエリー学校で真珠の魅力についてレクチャーしたり、シンガポールのギャラリーでもWorkshopを実施するなど、新しい取り組みも積極的に行っているという。

「今は私がアジアを中心に色々な国に足を運んでパールをPRしていますが、もっと真珠についてのWorkshopやジュエリー学校でのレクチャーなどの活動を増やし、より多くの方に真珠の魅力や見分け方を知っていただき、真珠を身近に感じて、お客様自らの目で選んでいただきたいです。そして、一人でも多く、志を共にできる仲間を見つけていきたいです。」

国産パールを世界に広めるべく、麻衣子さんの挑戦はまだまだ終わらない。(了)

牧戸麻衣子さん:99年慶應義塾大学経済学部卒。NECに入社後、海外営業グループで東南アジア担当。
2005NECのシンガポール法人に出向。2016年に退職後、伊勢志摩の家業‐真珠商品製造販売業の再建と販路拡大を目指す。

 

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